令和5年「雉」ネット俳句入選作品集
第100回 令和5年 4月の募集
一般の部
小林 美成子 選
〇置き去りにしてきしもののかげろへる 岩手県 しをん
〇咲きそむる表鬼門の沈丁花 大阪府豊中市 西田 順紀
〇レシートの777や五月晴 岡山県津山市 武本真寿子
うぐひすのこゑや解体官舎跡 岩手県久慈市 佐藤 茂之
大島の端から端を春一番 岩手県 しをん
昼告げる有線放送燕来る 埼玉県東松山市 だっく
自転車を追ひ抜いてゆく初燕 埼玉県吉川市 石井カズオ
思ひ立ちひと駅歩く遅日かな 千葉県我孫子市 鈴木 清
しやぼん玉吹けば生まるる百の空 千葉県佐倉市 林 昭太郎
プルタブを引けば泡音風光る 千葉県佐倉市 林 昭太郎
せせらぎの音に伸びゆく土筆かな 神奈川県川崎市 島 敏
杖置きて歩いてみたりれんげ草 神奈川県川崎市 立野 音思
寄せる波澄みて引きゆく春の磯 神奈川県平塚市 高橋 勝久
雪解水堰に膨らみ迸り 神奈川県横浜市 幸子
鯉のぼり村に久しき赤ん坊 三重県四日市市 後藤 允孝
うららかや象のうんちが大人気 京都府城陽市 宇田川成一
英字紙に包み豌豆貰ひけり 大阪府豊中市 西田 順紀
お昼寝の胸に置きたる春帽子 岡山県津山市 江見東母子
林 さわ子 選
〇杖置きて歩いてみたりれんげ草 神奈川県川崎市 立野 音思
〇ひこばえの株で一服峠道 神奈川県平塚市 高橋 勝久
〇校門におはようの声風光る 大阪府東大阪市 森 佳月
レジ袋の麺麭へ散り込む桜かな 埼玉県吉川市 石井カズオ
自転車を追ひ抜いてゆく初燕 埼玉県吉川市 石井カズオ
初採りのそら豆匂う朝餉かな 千葉県我孫子市 鈴木 清
春霞薄く棚引く田畑かな 千葉県野田市 木村 鹿次
踏切の音はかなる日永かな 千葉県野田市 木村 鹿次
新緑や日の斑ゆらめく寺の磴 千葉県松戸市 吉沢美佐枝
土手の道行きつ戻りつ春惜しむ 東京都府中市 佐渡の爺
雪解水堰に膨らみ迸り 神奈川県横浜市 幸子
島の果春田の果の我が家かな 石川県金沢市 渡邊 古城
清明の風吹け抜くる三千院 静岡県富士宮市 遠藤 英二
そぞろ歩く人に紛れむ花明り 滋賀県大津市 杉浦 昭夫
遠回りしてしばらくを花の下 滋賀県大津市 杉浦 昭夫
川幅を覆ひ隠せる桜かな 滋賀県大津市 中村 治美
うららかや象のうんちが大人気 京都府城陽市 宇田川成一
空がゆれ山もゆらゆらしやぼん玉 京都府城陽市 宇田川成一
舗装路の切れ目に土筆並びけり 大阪府豊中市 西田 順紀
高校生の部
小林 美成子 選
図書館の窓惜春の軋みかな 群馬県前橋市 日下部友奏
惜春や乳牛の仔に名のありて 群馬県前橋市 日下部友奏
林 さわ子 選
図書館の窓惜春の軋みかな 群馬県前橋市 日下部友奏
惜春や乳牛の仔に名のありて 群馬県前橋市 日下部友奏
特選句 選評
小林 美成子
置き去りにしてきしもののかげろへる 岩手県 しをん
この句の「置き去りにしてきしもの」とは物理的な何かというより、作者の過去に起きた様々な事象を指しているように思える。今となっては、すべてがかげろうの果てに揺らめいているばかりだ。
咲きそむる表鬼門の沈丁花 大阪府豊中市 西田 順紀
家の鬼門の方角に、南天や香りの良い植物を植えると良いとされている。この句のお宅は玄関の鬼門封じに沈丁花を植栽されている様だ。一句の落ち着いた雰囲気からこの家の風情が伝わってくる。
レシートの777や五月晴 岡山県津山市 武本真寿子
数字の7は幸運ナンバーとして認知されている。買い物のレシートの合計金額が、偶然にも7の三桁のぞろ目であったことにちょっと嬉しくなる作者。些細な日常を爽やかに切り取った句。
林 さわ子
杖置きて歩いてみたりれんげ草 神奈川県川崎市 立野 音思
日頃、作者は杖を手離さずに歩くのだろう。畦道に来ると、蓮華草が群れ咲いていた。その春景色に励まされ、杖を置いて歩いてみた作者。蓮華草の咲く嬉しさ、懐かしさと希望を感じさせる。
ひこばえの株で一服峠道 神奈川県平塚市 高橋 勝久
峠道を歩くのは仕事ではなく、山歩きを楽しむ人か。そろそろ休もうと丁度良い切り株を見つけ、腰を降ろす。その切り株の瑞々しい櫱を愛でながら。春の山を歩く楽しさが伝わる。
校門におはようの声風光る 大阪府東大阪市 森 佳月
子ども達の登校風景。何でもない日常だが、まだ寒さの残る季節、子ども達の命のひとつひとつの輝きも思われる。
第99回 令和5年 3月の募集
一般の部
小林美成子 選
〇まどろみの処どころに小鳥来る 岩手県 しをん
〇棟上げの梁や柱や風光る 千葉県佐倉市 林 昭太郎
〇先生の最後の抱つこ卒園す 岡山県津山市 武本真寿子
また増へし診察券や木の芽時 岩手県久慈市 佐藤 茂之
春愁や黄昏ながき海岸線 栃木県塩谷町 河原さんぽ
半仙戯寂し公営住宅地 群馬県前橋市(高校生)日下部友奏
花冷や一息に抜く烏賊の腸(わた) 千葉県佐倉市 林 昭太郎
花冷えの指で摘まみし琥珀糖 東京都 桜鯛 みわ
落ち椿蕊の輝き失はず 神奈川県横浜市 龍野ひろし
春光へ鶴のポーズの太極拳 愛知県北名古屋市 ゆう子
麦青む骨から伸びる少年期 三重県四日市市 後藤 允孝
溶接の白き火玉や桜東風 滋賀県大津市 中村 良一
野遊びや茣蓙に置かれし哺乳瓶 大阪府豊中市 西田 順紀
耳すまし百千鳥聴く磨崖仏 兵庫県神戸市 峰 乱里
春雨に釣り竿ふつと重くなり 奈良県奈良市 西本 匠
谷川の木橋越え来て若葉かな 奈良県奈良市 西本 匠
竹の子を剥けば吉野の匂ひけり 奈良県奈良市 西本 匠
春の灯や爪切る足の遠き指 岡山県苫田郡 原 洋一
林さわ子 選
〇春めくや梢の先のほの赤し 千葉県我孫子 鈴木 清
〇春月夜歩いて渡れそうな海 京都府城陽市 宇田川成一
〇先生の最後の抱つこ卒園す 岡山県津山市 武本真寿子
棟上げの梁や柱や風光る 千葉県佐倉市 林 昭太郎
初花に立ち止まりけりベビーカー 千葉県千葉市 玉井 令子
たんぽぽやキャッチボールの母と子と 東京都西東京市 海老名 吟
花ミモザ袋小路を明るくし 神奈川県横浜市 幸子
墨堤の桜満開船だまり 神奈川県大和市 ひろ志
独り言増えてひとりの春炬燵 三重県四日市市 後藤 允孝
自転車のきこきこ過ぎぬ猫柳 滋賀県大津市 杉浦 昭夫
溶接の白き火玉や桜東風 滋賀県大津市 中村 良一
採寸の胸張る子らや桜咲く 大阪府高槻市 葉月庵郁斗
谷川の木橋越え来て若葉かな 奈良県奈良市 西本 匠
遠足の黄色の帽子列なして 広島県呉市 谷本 佳子
校庭を低く飛び交ふ燕かな 広島県呉市 谷本 佳子
山裾の野仏の上の初音かな 広島県広島市 表 孝征
春うらら母のむすびを食む昼餉 広島県広島市 紗藍愛
高校生の部(5月追記)
小林 美成子 選
半仙戯寂し公営住宅地 群馬県前橋市 日下部友奏
蚕に名つける少女の手のひらよ 群馬県前橋市 日下部友奏
太陽にあやされてゐて山笑ふ 群馬県前橋市 日下部友奏
林 さわ子 選
半仙戯寂し公営住宅地 群馬県前橋市 日下部友奏
蚕に名つける少女の手のひらよ 群馬県前橋市 日下部友奏
この度、高校生の日下部友奏様(群馬県前橋市)が「一般の部」に分類されておりました。深くお詫び申し上げますとともに、「一般の部」においての入選をお慶び申し上げます。
特選句 選評
小林 美成子
まどろみの処どころに小鳥来る 岩手県 しをん
孟浩然の詩「春眠暁を覚えず 処処啼鳥を聞く」の俳句バージョンとも云える句。しかし「まどろみの処どころ」など言葉の斡旋の妙により、漢詩とは異なる俳句的世界の表出に成功している。
棟上げの梁や柱や風光る 千葉県佐倉市 林 昭太郎
一句の「梁や柱や」からふんだんに木材を使用した伝統的な木造家屋の上棟式を想像した。「風光る」の季語からは、林立する柱の美しい木肌から放たれる良い香りまで伝わってくる。
先生の最後の抱つこ卒園す 岡山県津山市 武本 真寿子
卒園の園児を一人一人抱き上げて別れを惜しむ先生。入園時には本当に幼かった子どもたちが確かな重みとなって今巣立っていく。先生の愛情と見守る作者の愛情が「最後の抱つこ」に表れている。
林 さわ子
春めくや梢の先のほの赤し 千葉県我孫子 鈴木 清
寒さがゆるむ頃、見上げた梢の先が赤味を帯びていると感じた作者。「ほの赤し」によって、木々の命と共に空気の冷たさも感じさせる。芽吹きの前の春らしさを上手くとらえた。
春月夜歩いて渡れそうな海 京都府城陽市 宇田川 成一
ぼんやりと濡れたような春の月夜。月明かりの海は、日常とは違う世界に見えたことだろう。「歩いて渡れそうな」という表現が幻想的な春月夜を伝える。
先生の最後の抱つこ卒園す 岡山県津山市 武本 真寿子
子どもは抱っこが好きだ。やさしい先生にたくさん抱っこされて育った園を、巣立つ子ども達。
「最後の抱つこ」に子どもへの愛情と、先生への感謝があふれる。
第98回 令和5年 2月の募集
一般の部
小林 美成子 選
〇カピバラの香箱座り残る雪 群馬県前橋市(高校生)日下部友奏
〇鳥雲に入るスーツケースはパンパン 埼玉県東松山市 ダック
〇指置けばくもる鍵盤春の雪 千葉県佐倉市 林 昭太郎
如月のきざはし一段ずつ空へ 岩手県 しをん
雛祭り小鳩くるみのソノシート 埼玉県吉川市 石井カズオ
地に届くまでのためらひ春の雪 千葉県佐倉市 林 昭太郎
三月来ドレッシングをよく振れば 千葉県佐倉市 林 昭太郎
梅ひらく筑波山麓たひらけし 千葉県千葉市 玉井 令子
わさび田の日の斑風の斑水の綺羅 千葉県松戸市 吉沢美佐枝
潮鳴りの沖より春の来りけり 神奈川県川崎市 島 敏
春の灯やひとりになりし自習室 神奈川県大和市 ひろ志
キューポラの失せたる町や春霞 三重県四日市市 後藤 允孝
金輪際恋猫やがてただの猫 兵庫県神戸市 峰 乱里
会釈して誰だったっけ春来る 岡山県津山市 武本真寿子
水温むせせらぎの藻のながながと 広島県広島市 表 孝征
林 さわ子 選
〇潮鳴りの沖より春の来りけり 神奈川県川崎市 島 敏
〇花型に抜きしにんじん寒明くる 静岡県島田市 裕子
〇水温むせせらぎの藻のながながと 広島県広島市 表 孝征
春の雪力を込めて杖握る 岩手県大船渡市 佐藤 茂之
如月のきざはし一段ずつ空へ 岩手県 しをん
都会っ子の声の明るさたらっペ摘む 栃木県塩谷町 河原さんぽ
溶岩原の千の地蔵や風車 栃木県那須塩原市 垣内 孝雄
梅ひらく筑波山麓たひらけし 千葉県千葉市 玉井 令子
防人の歌碑や初音の一度きり 千葉県松戸市 吉沢美佐枝
秒針の音やはらかくなつて春 東京都西東京市 海老名 吟
春の灯やひとりになりし自習室 神奈川県大和市 ひろ志
梅東風や一輪車の児駆け抜ける 神奈川県横浜市 東郷 佳人
春疾風絵馬の兎のをどり出て 三重県四日市市 後藤 允孝
ウクレレの弦のゆるみや寒の明 奈良県奈良市 西本 匠
独り居の部屋の四隅の余寒かな 岡山県苫田郡 原 洋一
春耕の土に返されいぼ蛙 広島県大竹市 西亀
剪定の影より鳥の飛び出せる 広島県大竹市 西亀
寒凪の果ての故郷(くに)指す王直像 中華人民共和国 楊 明枳
特選句 選評
小林 美成子
カピバラの香箱座り残る雪 群馬県前橋市 (高校生)日下部 友奏
猫の香箱座りはお馴染みだが、カビパラにこの言葉を当てはめたのが面白い。南米アマゾン由来のカピバラが四肢を折り畳んで寒さを凌いでいる姿が哀れであり、残る雪の季語が効いている。
指置けばくもる鍵盤春の雪 千葉県佐倉市 林 昭太郎
窓の外は降りしきる春の雪。作者はポロンとピアノのキーに触れてみた。指先のかすかな体温で鍵盤が少しくもった。まだまだ春は遠い季節のあわいを繊細で奥行きのある感覚で捉えた句。
鳥雲に入るスーツケースはぱんぱん 埼玉県東松山市 ダック
旅立ちの春。天上には北帰行の鳥影。地上には詰めるだけ詰め込んだスーツケースをごろごろと引く私。一句からは人生の様々な出発のシーンが思い浮かぶ。原句の「パンパン」を「ぱんぱん」と添削。
林 さわ子
潮鳴りの沖より春の来たりけり 神奈川県川崎市 島 敏
春の海は荒れることも多いが、轟く海鳴りを聞きながら、海の色や風に作者ははっきりと季節が変わったことを感じている。「沖より春」とは、海を知る人ならでは。
花型に抜きし人参寒明くる 静岡県島田市 裕子
花の形に型抜きした人参はどんな料理になるのだろう。冬の季語である人参も、花の形にすれば赤い花、春らしくなる。寒明の嬉しさが伝わってくる。
水温むせせらぎの藻のながながと 広島県広島市 表 孝征
水温む流れに、長々と藻がゆれているという。「ながながと」という言葉から、寒さに身を縮めていた生き物がゆっくりと動き出すような気配や、のどかな水音が感じられる。
高校生の部(5月追記)
小林 美成子 選
〇カピパラの香箱座り残る雪 群馬県前橋市 日下部友奏
春の夜を惣闇色の猫と居て 群馬県前橋市 日下部友奏
花冷えやSFを読む中二階 群馬県前橋市 日下部友奏
林 さわ子 選
カピパラの香箱座り残る雪 群馬県前橋市 日下部友奏
花冷えやSFを読む中二階 群馬県前橋市 日下部友奏
この度、高校生の日下部友奏様(群馬県前橋市)が「一般の部」に分類されておりました。深くお詫び申し上げますとともに、「一般の部」においての特選句入選をお慶び申し上げます。
第97回 令和5年 1月の募集
一般の部
小林 美成子 選
〇いつ訪ふも何か煮てゐる母の冬 千葉県佐倉市 林 昭太郎
〇知らぬ道ばかり選んで探梅行 東京都西東京市 海老名 吟
〇若冲の鶏春光へ飛ぶ構へ 愛知県北名古屋市 ゆう子
履歴書を三枚書きて寒北斗 岩手県大船渡市 佐藤 茂之
二陣来て白鳥の湖うごきだす 千葉県佐倉市 林 昭太郎
欠航の赤き表示や雪しまき 千葉県千葉市 玉井 令子
雪催ひ膨れてきたるピザの耳 千葉県野田市 木村 鹿次
水底のごとき空あり冬の鳥 神奈川県川崎市 島 敏
凍雲の弔旗の如くたなびけり 神奈川県横浜市 東郷 佳人
寒灯やポストに刺さる不在票 岐阜県揖斐郡 横山 道男
物忘れしながら生きて年迎ふ 静岡県島田市 裕子
霜柱ジャックナイフの光り持つ 静岡県富士宮市 遠藤 英二
夜の底に山蹲る寒さかな 滋賀県大津市 杉浦 昭夫
梅早し厚き扉の鉄工所 滋賀県大津市 中村 治美
寒菊の咲くや薄き日重ねつつ 滋賀県大津市 中村 良一
風花や昼の新地に迷ひ込み 京都府城陽市 宇田川 成一
金箔の足指をまずお身拭い 大阪府豊中市 西田 順紀
打ち明けてよりの沈黙冬北斗 岡山県苫田郡 原 洋一
林 さわ子 選
〇産みたてのぬくみ諸手に寒卵 静岡県富士宮市 遠藤 惠子
〇巻き鮨の渦の彩り春めける 三重県四日市市 後藤 允孝
〇はつ春や新しき靴キュッと鳴る 奈良県奈良市 堀ノ内 和夫
いつ訪ふも何か煮てゐる母の冬 千葉県佐倉市 林 昭太郎
欠航の赤き表示や雪しまき 千葉県千葉市 玉井 令子
雪催ひ膨れてきたるピザの耳 千葉県野田市 木村 鹿次
靄深き武甲の山や寒の入 千葉県松戸市 吉沢 美佐枝
翡翠へ望遠カメラ息白く 東京都葛飾区 本田 英夫
硝子戸に水陽炎や日脚伸ぶ 神奈川県川崎市 島 敏
手を繋ぎ兄と待つ浜初日の出 神奈川県川崎市 立野 音思
竹小舞剥き出しの壁冬ざるる 神奈川県横浜市 龍野 ひろし
骨壺に納まりし父鳥雲に 神奈川県横浜市 東郷 佳人
学友の訛り懐かし初電話 長野県岡谷市 倉田 詩子
枯芝や這ひ這ひの子が日をつかむ 静岡県島田市 裕子
淡き日の当たる冬田を耕せり 静岡県富士宮市 遠藤 英二
ぺん皿にクリップの山風光る 愛知県北名古屋市 ゆう子
柔らかに地を這ふ日差し花菫 三重県四日市市 後藤 允孝
金箔の足指をまずお身拭い 大阪府豊中市 西田 順紀
大凧の夕日に染まり湾の上 広島県広島市 表 孝征
退院の朝冬草の眩しさよ 中華人民共和国 楊 明枳
特選句 選評
小林 美成子
いつ訪ふも何か煮てゐる母の冬 千葉県佐倉市 林 昭太郎
実家の玄関に立つと懐かしい煮物の匂いが。家に戻ってきたという感覚を覚える瞬間である。何時もまめに煮物をして、コンビニ弁当とは無縁の母の慎ましい暮らし。下五の「母の冬」が良い。
知らぬ道ばかり選んで探梅行 愛知県北名古屋市 ゆう子
山野に密やかに花をつけている梅には、何とも云えぬ趣がある。昔、梅を探り、低山の尾根を進んでいて鎖場に出て驚いた事がある。掲句の「知らぬ道ばかり選んで」は、探梅行の本質をついた措辞である。
若冲の鶏春光へ飛ぶ構へ 東京都西東京市 海老名 吟
奇想の絵師、伊藤若冲。京都錦小路の青物問屋の長男という出自も面白い。
鶏を描くことを得意とし、有名な「群鶏図」などは、まさに「春光へ飛ぶ構へ」である。精緻で迫力ある若冲の鶏をよく捉えた句。
林 さわ子
産みたてのぬくみ諸手に寒卵 静岡県富士宮市 遠藤 惠子
鶏小屋へ卵を採りに行く。冷えた手に卵をのせると、産みたての温みがあったという。
「諸手に」であるから、卵はひとつではなさそうだ。寒卵という特別な卵の滋味が、「産みたてのぬくみ」でさらに嬉しいものになったことだろう。
巻き鮨の渦の彩り春めける 三重県四日市市 後藤 允孝
色々な材料を重ねて巻いた太巻きを想像させる。赤、黄、緑など、鮮やかな色が巻かれている様子を「渦の彩り」と表現。春景色のような楽しさだ。
はつ春や新しき靴キュッと鳴る 奈良県奈良市 堀ノ内 和夫
新年を迎えるために買った靴か。履くと、キュッと鳴ったという。おろしたての靴の感触が伝わり、新しく始まる一年への期待や意気込みも感じられる。